The Society of OSARAGI Jiro
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●『パリ燃ゆ』表紙

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●燃えるリヴォリ街(部分)

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●バリケードの奪取

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●ペール・ラシェーズの戦闘

ノンフィクションの傑作『パリ燃ゆ』

 本書は1871年3月26日、民衆の蜂起によって誕生した〈パリ・コミューン〉を題材とした傑作ノンフィクションであるが、今回新装版として復刊された。

 初版本(1964年)の「あとがき」で著者は「歴史の専門家ではない」と断ったうえで、「在った事実の力に頼りながら、学術的歴史書の持たない自然の肉付けをして、散文で書いた叙事詩と言った展開」を目指して執筆したと言う。パリの古書店の主人が、(大佛が)パリ中のコミュヌ関係の本をみんな持って行ってしまった、と慨嘆した有名なエピソードが示すように、厖大な資料を収集したのち連載に取りかかり、丸三年の歳月をかけて完成させたものである。

 世界で最初の労働者階級による民主国家と評されるパリ・コミューンは、のちの社会主義・共産主義の運動にも大きな影響を与えたが、著者は『パナマ事件』(『朝日ジャーナル』に連載後、60年に単行本)の完成後、「私のフランス第三共和制について書きたい仕事は『巴里コンミュン』だけが残った」と記し、「もう一度パリに出かけ、本を探し、その土地を歩きまわって(略)書きたい」と述べたが、この作品でそれを実現させた。

パリ・コミューンとは

 1789年の大革命以来1871年まで、フランスでは共和政体が二回(第一共和制および第二共和制)見られたがいずれも短命に終わり、その間第一帝政、復古王政、七月王政、第二帝政といった君主制が続いていた。しかし第二帝政下の70年7月に皇帝ナポレオン三世はプロイセンとの戦争(普仏戦争)を十分な準備を経ず開始したために敗北を喫し、自身も捕虜となったために帝政は崩壊、9月4日に臨時の国防政府が設けられ、第三共和制の成立が宣言された。

 国防政府下で戦争は続行されたが、プロイセン軍によってパリが包囲されると食糧不足が深刻となり、71年1月プロイセンに降伏した。しかし、パリ包囲に対して抵抗し、多くの犠牲を払ったパリ市民はこれを認めずに蜂起、同年3月にパリ・コミューンを樹立した。

 パリ市民による選挙が行なわれたのち、3月28日にコミューンの成立が宣言され、5月20日までパリを統治することとなり女性参政権の実現、児童夜間労働の禁止、政教分離などの革新的な政策が打ち出された。

 しかし、ヴェルサイユに置かれた臨時政府による攻撃と北ドイツ連邦軍の封鎖、とりわけ血の一週間と呼ばれた戦闘によってコミューンは瓦解、5月28日にパリは鎮圧された。

判型・定価など

新装版『パリ燃ゆ』(全3巻。1983年の同社文庫版を元に復刊)
四六判 T巻=613頁 U巻=576頁 V巻=506頁
各巻とも3000円+税 発行=朝日新聞社

 

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