The Society of OSARAGI Jiro
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岡野新助を名乗る鞍馬天狗 

 天井裏から自分を見おろしている男こそ、岡野新助と名乗って居留地に入っている浪人者だということは明瞭であった。それならば、さっきまで居た男は誰だ? あれも岡野新助を名乗っていた。
「どうやら…」と、左内は言い出した。「岡野新助というのが二人おるようだなあ。さっきの奴もそう名乗っておった」
 天井からも笑って、
「まったくだ、あのとぼけた奴はどこの馬の骨か知らぬが、一体あの話は貴公に覚えのあることなのか?」
「あの話?」
「岩亀の喜遊のことさ。喜遊を知らぬ無粋の仁とは申されまい」
「藪から棒だ、知らぬなあ」
「白を切っても、知り出そうと思えばわかることだ」
「蔦屋のお美津に尋ねられるか」
「郷原さん、ありゃこちらへ貰えましょうなあ」

『鞍馬天狗敗れず』(初出1945年6〜10月、同盟通信社配信)から
生麦事件を舞台に

『鞍馬天狗破れず』は、文久二年八月(1862年9月)に横浜の生麦で起った英人殺傷事件後の状況を時代背景にしています。英国の支那艦隊が横浜に入港して威圧しているなか、鞍馬天狗は英国商人ブラウンによる阿片密輸を摘発し、証拠物件である阿片の木箱は運上所(税関)に運び込み、さらにブラウン自身を樽に押し込んで、岩壁から海に尽き出した踏板の先端にのせてさらしものとしました。鞍馬天狗の意図は、運上所の役人を励まして、英国人による阿片密輸に正式に抗議させるということにありました。しかも天狗の告発状には岡野新助と署名がしてありました。
 さて、岡野新助とは、生麦事件で英国商人を殺傷ののち逃亡したむね、薩摩藩から届けの出ていた架空の人物なのです。上の引用文に蔦谷のお美津とありますが、彼女はブラウンに手籠めにされそうになったところを、この新助(じつは鞍馬天狗)に窮地を救われたことがあります。それ以来、お美津は彼に心を寄せていました。
 運上所の役人郷原左内は、天狗にさとされたとおりにブラウンの阿片密輸に抗議するどころか、お美津をおとりにして鞍馬天狗を捕らえようと計ったのです。
 なお、引用には岩亀の喜遊という名が出てきますが、彼女は当時横浜に実在した岩亀楼(現在の横浜スタジアムのあたり)という遊郭で人気絶頂だった花魁です。もともと武士の娘で、米国領事アボットに横恋慕されながら、ぜったいになびかなかったのでした。郷原左内としては、新助=天狗を逮捕し、ついでに喜遊にも圧力をかけて、外交の道具に仕立てたかったのです。
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